歯科医療というと「細かい精密な治療」と言うイメージがあるかもしれません。ところが最近はそれが揺らいでいるのです。結論を先に書きますと、犯人は「安易に美を求めすぎる患者さんをターゲットにする歯科医」です。どういうこと?と思われるかもしれません。従来歯科で使われている人工の歯の素材は銀合金にしろ、金合金にしろ、溶かした金属を鋳型に流し込んで作る「鋳造(ちゅうぞう)」という古来からの技術で作られていました。実はこの歯科の精密鋳造ですが、長年の技術の工夫の積み重ねで「奇跡的」とも言われる寸法精度が得られています。私も学生時代からいかに天然の歯にぴったりとした寸分違わぬ人工の「詰め物」や「被せ物」を装着する事に心血を注いできたのです。ところが今、多くの方が白い歯を望まれます。そうしますと、素材的に「樹脂」や「セラミック」を使用する事になります。これらの素材は鋳造の技術が使えません。この場合はどうするかというと、現在は『CAD/CAM』というシステムが主流となっています。
では、この『CAD/CAM』で被せ物を作製する工程と問題点を見てみましょう。
STEP1 型取り 3D光学カメラでスキャン
粘土のような材質をお口いっぱい入れられて、歯型を取るのが苦手な方は多いと思います。デジタルの場合は、棒状のカメラをお口に入れてビデオ写真を撮ることによって立体図面を構築することができます。画期的なようですが、まだまだ実用には至りません。歯型を粘土で取るのはある程度技工士さんが調整してサポートして仕上げられますが、カメラで撮影するのは歯茎の下など見えないところはできません。融通が利かない分さらにはっきり撮影するため、歯と歯茎の境目に糸を巻いて歯茎をよけるなど基本に忠実に処置を行わなければいけませんが、これらの工程も普段されていない歯科医院も多いと思われます。つまり簡単ではないということです。
STEP2 コンピューター上で被せ物を設計
デジタル化すると言うことは丸いものを直線で表現すると言うことになります。よく使われる手法として立体を三角形の集合体で表現します。この三角形が小さく数が多いほど実物に近い表現となりますが、歯科で使われているシステムの精度はまだまだ荒くギザギザとした状態のデータとなります。
現在のシステムでは、デジタルカメラでいうとまだ画像が荒く、精密に撮影できないみたいなものです。これからの向上に期待します。
STEP3 工作機械で被せ物を作製
セラミックや樹脂の「ブロック」つまりかたまり「塊」からコンピューター制御のドリルを動かす機械で削って形にしていくという最新のテクノロジーが用いられているのです。おや、「最新でコンピュータ制御」だからこちらの方が優れているのでは?と思われるかもしれませんが、そうとは限りません。そこにも落とし穴があるのです。硬くても薄いと割れやすいセラミックは、機械で削れるのはドリルの直径までのため、その先は「匠の技の歯科技工士さん」という人間の手が必要になります。つまり実はまだまだ人間が一から手作りする「歯」にはまだまだ及ばないというのが私の印象です。でも歯科技工士さんが最後に仕上げをして頂けるケースではまだ問題は無いのですが、白い歯の素材の仕上げに課題があるのです。
STEP4被せ物をセット
出来上がった被せ物を歯にはめて、噛み合わせに問題がないか確認しながら調整後、セットします。
ここから先は若干、『闇の部分』の話になります。 現在、日本の歯科技工士さん不足と保険診療の不採算につけ込んで、歯科医院にこのセラミックを削って作製するシステムは、「患者さん受けが良くて、儲かりますよ」と売り込むメーカーがあるのです。これは歯科医院にとって、技工士さんに支払う手間賃を省けますので、数をこなせば経済的にメリットがあるのですが、機械がある程度のところまで加工しても、結局その仕上げの部分は人の手が必要です。院内で歯を作ることを完結するという事は、本来、歯科技工士さんの代わりに歯科医師が行うべき工程があるはずなのですが、荒削りのまま、仕上げ工程を飛ばして患者さんの歯につけてしまうということが、横行しているのです。その結果として、本来海外では人間による手作りが最上級、機械で作るのは精度が落ちるけどコストが抑えられるというポジションで使われているシステムが、逆に日本では機械で作る方が自費診療で、精度の良い技工士さんの手作りの歯が保険診療という逆転現象が起きています。これは本当に由々しき事態です。皆さんのお友達が「1日で歯が入りますよ」とか「最新式の白い歯が歯型を取らずに、カメラで撮影するだけでできますよ」などの口車に乗らないように気をつけてください。自分の健康を損なうだけで無く、技工士さんを苦しめるフェアトレードの観点からも避けたいものです。最後に、菊地歯科から「金属の歯にしたいのだけれど・・・・」と言われたら、それは精度だけでなく、深い意味があると考えて頂けたらうれしいです。精度以外で金属を使うメリットもまたの機会にお伝えしたいです。
コメントを残す