前のニュースレターにも書きましたが学校健診にまつわるエピソードを最初に取り上げます。ある小学生の女の子がいました、当歯科に定期的にケアに通われていました。奥歯の溝に黒く着色はあるものの注意深く経過観察しながら問題なく経過していました。ところが学校健診でむし歯と診断されたため、お母様がセカンドオピニオンとして他院を受診されました。


 当院の診断として「削るという介入は必要ない」としていた歯はすべて銀歯に削って詰めるという処置を施されました。母親は再度セカンドオピニオンとして当院を再受診されました。
 そこで見たのは先月まで一本も手つかずに健康な歯と残されていたお口が無残にもすべての奥歯が銀歯に変わっていた状態でした。
 母親に再度説明すると、「菊地歯科では削る必要が無い」と言われていたのに「学校健診ではむし歯と診断」されて、当院に不信を抱いたこと、他院では「削る必要性があるという診断」と説明をされたことを話されました。 
 その後、信頼を失った私どものには来院されることはありませんが、いまでもそのお子様が現在どうなっているかが気に掛かります。
 

 今回の内容は、上記の例に代表される毎年毎年繰り返される学校歯科健診の問題点を一度まとめて、配布資料にしたいという思いから作りました。時には歯科健診は行われない方がよいのではと考えさせられることもしばしばあります。
 問題点というのは大きく二つに分類されると私は考えます。

一つは学校健診にある問題点、
もう一つは歯科医療そのものにある問題点です。


 最初に学校健診の問題点を上げます。
そもそも、医療機関では個々の患者さんの診断をする場ですが、学校という教育の場で行われる健康診断は、詳細な臨床検査などをもととして確定診断を行うのでなく、「健康」、「要観察」、「要治療・要精密検査」に”ふるい分け”することをそもそも目的としています。
従って歯科医院でのチェックとは根本が違います。
 たとえば診査一つとっても精度の問題があります。歯科の大事な検査として目で見ることがあります。
 ところが学校健診の環境では歯科医院と違い強いライトがありませんし、歯に空気をかけ乾燥させることもできません。その上、数十秒の短い中で判断しなければいけません。1日300人の学生のお口の中を見ると、8,400本の歯を調べることになります。疲労してくると間違ったりするなど、ミスも無いとは言えません。目的が違うとはいえ、レントゲンやレーザー測定器、顕微鏡などをじっくり使いたいと思うシーンもあります。

 また、健診の現場で知りたいことに学生さんそれぞれの生活環境があります。実は、今の日本は市販の歯磨き粉のほとんどにフッ素が配合されているため「むし歯」がずいぶんと減ってきました。そのためほとんどの子供はむし歯が一本も無いのに対し、一部のお子さんが全員分のむし歯を持っているという感じなのです。
 むし歯の多い子供の多くに家庭環境など生活の背景も絡んでいるため、個々に応じたアドバイスが必要なのですが現状では対応ができていません。

 また、記録の方法として従来の”Cのいくつ”という表現では穴の深さを主として評価しているため、穴ができる前の段階を評価しているわけではありません。また、一時点の評価なので、はたしてこのむし歯が進行している最中なのか、進行が停止しているのかも判断が難しいことも問題です。

 さらに仕組みとして、かかりつけの歯科医院で事前にチェックしているのに、治療勧告書を渡されると再度来院しなければならないことも煩雑です。例えば当院に来院されているお子さんにはこちらから事前に診断の紙を渡しておいて問題があるならばかかりつけ医に連絡してもらうようなシステムがあればトラブルが少ないと思われます。

 最後に、これは私たちのメディア力の問題でもあるのですが、一歯科医院の判断よりも学校という権威の方を信頼されるためのトラブルがあります。これをわたしは「みのもんた問題」といっています・・・・・(メディア力のあるテレビ番組でバナナがダイエットによいと放送すると翌日のスーパーからバナナが消えるというあれです。)そのため母親からは「学校でむし歯と言われたので削ってほしい」という訴えがよくあります。これは「削れば治る」という誤解があるためです。これに関しては歯科医療の問題でもありますので後ほど説明いたします。

次に、問題は歯科医療そのものにも内在しています。

 一つは歯科医師の教育の問題、海外では「むし歯」そのものを研究する科があることに対し、日本では”むし歯の穴をどのように詰めるか?”とか、”入れ歯の設計をどうするか?”などどうしても「事後処置」に重きが置かれていました。従って一度むし歯になった歯は元に戻らないから早めに削って詰めるという発想から抜け出せない歯科医師も多数います。その結果、診断基準や治療方針に非常にバラツキがあります。
 
 さらには医療制度の問題点が追い打ちをかけます。それは経営的側面です。簡単に言えば歯を削らないと売上にならないと言うことです。残念ながら、むし歯が進行しないような処置やケアは評価されず、一月に何本歯を削ったが売上に直結するからです。同じように歯周病や歯肉炎のケアや治療もほとんど日本の保険制度では評価されないので、歯ぐきが腫れていても見逃されてします傾向にあります。その結果、歯は必要以上に治療され、歯肉炎は治療されない傾向にあります。 実際に学校健診でも「歯肉が腫れているから、歯医者さんに行って相談してごらん」というと「先週まで歯医者さんに通っていて、むし歯が治ったからおしまいって言われたよ」という返事をもらうことも少なくありません。

 また、予防やケアの現場に必要な歯科衛生士は慢性的に不足しています。一人も歯科衛生士が勤務していない歯科医院も少なくありません。私は歯科衛生士は、お医者さんにたとえると内科医に相当すると考えているのですが残念な現実です。さらにみなさんの歯磨きだけでは取れない歯の表面にこびりついた細菌の膜(バイオフィルム)を繰り返し除去するのも歯科衛生士の大事な業務です。そのような慢性的なマンパワー不足の中、歯科疾患の啓発不足が続いています。
 このような環境のなか治療勧告書を発行するだけではよい結果が出ないことを危惧しています。

 最後にこれも何度も繰り返しお話していると思いますが
  「むし歯は目では見えない」
 「むし歯の穴はむし歯ではない」
 「むし歯は穴が開いてからでは治せない」
ということです。

 むし歯の本質はミネラルのバランスが崩れることです。これは内科的な病気で穴は長い間にわたりそのバランスが崩れ続けた結果です。従って穴が開く前でしたら歯にミネラルを戻すことができますが、穴が開いてしまったら歯医者さんはプラスチックや金属のような人工物でしか補うことしかできないことを確認して終わりとします。